舞鶴町青年会は SDGs の目指す持続可能な社会の実現に舞鶴町から取り組んでいきます
【 令和8年5月 】
青柏祭訪問記 ~ 七尾の復興と つながるご縁 ~
石川県七尾市で5月2日~5日に行われた「青柏祭(せいはくさい)」を訪問しました。大地主神社の祭礼として天元五年(982年)に始まり、文明五年(1473年)に曳山が奉納されて現在の形となった伝統行事です。高さ12m・幅13m・重さ20tの日本一大きな「でか山」3台が町を進む姿は圧巻で、国指定重要無形文化財・ユネスコ無形文化遺産にも登録されています。
■能登半島地震の被害
令和6年1月1日の能登半島地震では七尾市も震度6強を観測し、道路寸断や建物倒壊など甚大な被害を受けました。和倉温泉も旅館の全壊・半壊が相次ぎ、現在も営業再開は半数以下に留まっています。
地震直後、友人を通じて被害状況を知った舞鶴町青年会では「何か力になれないか」と協議し、1月3日の新春御獅子さま巡行でいただいた寄付金を義援金として七尾市へお送りしました。その後も御祭礼に合わせて大分のお酒・焼酎・カボスジュースやお菓子、秋には大分特産のカボスをお届けし、七尾の皆さんからは地酒を頂くなど交流が続いています。
■青柏祭の再開
令和7年には青柏祭が再開され、観光客の受け入れも可能になったとの知らせを受け、御祝いと復興祈願を込めて七尾市を訪問しました。能登食祭市場前で3台の「でか山」が揃う姿は迫力満点で、思わず「うわっ!でかい!」と声を上げてしまうほどでした。
■再会と新たなご縁
現地では、青柏祭でか山保存会の大岡良浩さんから五色の手拭いと七尾名物「長まし」で温かい歓迎を受け、保存会会長や魚町・鍛冶町・府中町の総代の皆様にもご挨拶しました。震災時の支援への御礼の言葉も頂戴し、改めて地域のつながりの大切さを感じました。
また、震災直後に支援窓口の情報をくださった七尾市役所の本田恭平さん、そしてご縁を繋いでくださった京都祇園祭・南観音山囃子方の木村真一さんとも再会し、七尾のお祭り仲間をご紹介いただきました。
■祭りが生む一体感
最後に魚町のでか山を曳かせていただき、舞鶴町キッズも「めっちゃ重かったぁ!」と大興奮。観光客も参加できる祭りで、担い手・参加者・観客が一体となる空気は、まさに地域の力そのものでした。
■復興と継承
華やかな祭りの裏では、若者の流出や震災による移住など担い手不足という課題もあります。それでも、震災を乗り越え再びハレの日を迎えた皆さんの表情からは、青柏祭を愛し、未来へ継承していこうとする強い意志が伝わってきました。「楽しい!この祭りは本当に楽しい!」満面の笑みで語った魚町の若衆の言葉と、握手を交わした手の温かさを胸に、大分への帰途につきました。
(古田裕樹)
【 令和6年9月21日 】
お祭りは、地域の誇り、心の拠り所。
舞鶴町青年会の古田会長は、能登半島地震で被災し、現在祭りが中断している「七尾市のでか山保存会」へ早期の復旧・復興、そしてお祭りの再開を祈念してお見舞いを送りました。
七尾市は、まだまだ復旧・復興の途中であり、道や建物は震災当時のままの場所もたくさんあるそうです。
でか山保存会の会長さんからお礼の連絡があり「今年のお祭りは安全の確保ができないため、やむを得ず中止しましたが、 来年はやるつもりで準備をしています。」 と、力強く語られていました。
インフラ等の街の早期復旧・復興と、地域の皆さんの心の拠り所である地域の伝統文化【お祭り】の再開を心より御祈念申し上げるとともに、かぼすをはじめとするる大分の味が、少しでも皆さんの癒やしに繋がればと思います。
( お見舞いの品 )
かぼす10kg、日本酒、焼酎、長浜神社のパンフレット、舞鶴町青年会の手ぬぐい
【 令和6年1月24日 】
能登半島地震で被害に遭われた方々へのお見舞い、そして、被災地の早期復旧・復興への願いを込めまして大分合同新聞の義援金窓口を通じて義援金を送りました。
日本赤十字社では、各種災害に被災された方々や紛争、飢餓、病気に苦しむ方々に対する支援活動を行っております。
現在、各種義援金・救援金を受け付けておりますので、皆様のご支援・ご協力をよろしくお願いいたします。
●受付 大分市役所第2庁舎2階 福祉保健課
※令和6年能登半島地震災害義援金は、当面の間、本庁舎1階案内所に義援金箱を設置しています。